まいの闘病日記(第2回)

■第2回■  押しつぶされた心


 

退院の一週間くらい前からやっと食事の許可が出ました。念願の食事生活。しかし、丸2ヶ月間胃の中はからっぽ状態。食べ物を口にすると吐き気がし、ひどい下痢になってしまうのです。

一晩で10回以上トイレに行ったことも。耐えきれず、ナースコールを押すと「今、先生がいないんです。先生がいないと勝手に薬は出せないんです。我慢して下さい。」そう言い放って出ていってしまいました。

(あなた達は何のためにここにいるの?医師の許可がないと勝手に薬が出せないのは分かる。でも、薬は出せなくても温かい言葉をかけるとか、湯たんぽでお腹を温めるとか、手を握るだけでもいい。プロならそのくらい考えろ!)心の中でそう叫んでいました。

私の病気の治療法である点滴治療は終えていました。

長期絶飲食による上のような不調はありましたが、一刻も早く退院したいという思いが私を強く駆り立てていました。私の心は限界に達していました。閉ざされた空間の中にいる圧迫感、医療スタッフの冷たさ、同室患者との人間関係のわずらわしさ・・・そういったものに耐えきれなくなっていました。

そして3月の最終日、私は退院しました。

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久々に出た外の世界は、なんだか気持ちがいいような悪いような。神経症の症状も手伝ってなのか、目がチカチカし、体はフラフラし、そわそわして心が落ち着きませんでした。家に帰ってから初めての食事は、「おかゆ・白身の焼き魚・かぼちゃの甘煮・いちご」ずいぶん昔の事なのに、なぜか今でもはっきり覚えているのです。半分くらいしか食べられなかったけれど、“おいしい”と感じました。

退院から1ヶ月半くらいは、家で静養していました。その間、入院していた頃の精神的に不安定な状態や体の不調は次第に消えていきました。しかし、常に私の脳裏をかすめていたのは“ちゃんと職場復帰ができるんだろうか”という不安感。入院中は、ほぼベットの上での生活。家でも軽い家事や散歩をする程度。

病気をしたのだから仕方がないのだけれど、自分はだらけているという思いがあり、これらの不安や思い込みが、後々の出社拒否の要因を作っていってしまった原因のひとつだったようです。 

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