まいの闘病日記(第9回)

■第9回■  執着という病


 

私の、吐き気、のどつかえそしてそれらに対する恐怖心(嘔吐恐怖)は、それから4、5年続きました。薬物療法で、ひどい症状は軽減されるものの、根底にある大きな不安はそこにしっかりと存在していました。そして、慣れない場所や行動に伴って強い症状が表出してくるのです。そのため、外出することが恐ろしく、ほとんど家の中で過ごす日々でした。

何とかして、この状態から脱出したい吐き気から開放されたいという思いが強く、私は完全に吐き気に対して執着していたのです。何とかしたいという思いから気功体操をやってみたり、自立訓練法をやってみたり・・・。しかし、吐き気とそれを治したいという思いにとらわれ、冷静さを失っていた私はなかなか効果が出ないことにイライラしていました。当然長くは続きませんでした。

どうすることもできなくなった私は、苛立ち、過去を呪う気持ちと、絶望的で将来に対する気持ちが見出せない気持ちと、いや、絶対に治すんだという気持ちが複雑に入り混じっていました。神経症の患者は、「治す」ということにとらわれるのが特徴的といいますが、私もその特徴通り、「治す!」というとらわれの気持ちが、常にどこかにありました。私の過去の日記の端々には、「治す!」「元気になる」といった言葉が書き連ねられています。

日々、焦りの気持ちと戦いながら、しかしどうすることもできずに、時間だけが過ぎてゆきました。21歳の冬でした。しかし、私はこの頃から、自分でも気づかないうちに、行動療法を始めていたのです。ほんの少しだけ、明るい方へ歩き出していました。

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